ダウン症の告知。いつかわからぬ不安。出産後1ヶ月のショック

このブログ記事では、我が家のダウン症児しょま君の誕生(出産前~出産~出産後)からダウン症告知を受けるまでのこと、その後の心境について書いていきたいと思います。

ダウン症の第二子 出産前のショック

しょま君は出産前から房室中隔欠損症との診断を受けていました。

簡単に言うと、心臓の壁に穴が空いている病気です。

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自宅最寄りの産婦人科でのスクリーニング検査で、心臓に穴が空いているかもしれないとの話を受けたと妻から報告されました。

大きな病院で診てもらった方が良いと言われ、出産前の妊婦検診を受ける病院を替えることに。

そこで詳しく検査をしてもらい、伝えられた診断が房室中隔欠損症。

長女と同じく里帰り出産を予定していたものの、小さな個人医院では設備が整っていないとの理由で出産もそちらの大きな病院でお世話になることになりました。

 

診断を受けた房室中隔欠損症について調べると、どの記事を読んでも「ダウン症候群を伴うことが多い」という情報が目に飛び込んできます。

合併する可能性は、確率にして半数~3分の2程度とのこと。

 

ショックを受けなかったわけではなかったものの、出産前まではダウン症の可能性についてそこまで強く意識することはありませんでした。

病院のお医者さんからダウン症のことについて話されるわけでもなかったので、「まさか我が子がダウン症…なわけないか。」くらいに考えていたような…それよりもまずはとにかく無事に生まれてくることを祈って過ごしていたように思います。

妻と長女と一緒に2週に1回、出産直前は1週に1回の妊婦検診を受けに通院していました。

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ダウン症 検査結果の告知はいつ? -不安-

2018年12月5日 午前3時42分

しょま君が誕生しました。

すぐにNICUに移動。

初めて対面するしょま君は、ダウン症をどこかで意識してしまっていたからか、目尻の先端の部分だけ少し上がっているようにも見えました。

ただ、生まれたばかりで寝ているように目を閉じているため、初見では、明らかにダウン症だと判断できるような情報は入ってこず。

ただ、その姿がかわいくて愛おしくて、長女のとき同様、どんなことがあっても愛情を持ってこの子を育てていくという決意に似た気持ちになったことを記憶しています。

 

誕生日には朝方一度帰宅して、再度2回目の面会に午後から向かいました。

そのときもしょま君は寝ていたので起きている姿には会えず。

 

翌日入院中の妻から送られてきた写真には、くっきり二重な顔が写っていました。

妻に似て少し垂れ目な感じにも見えるし、やはり目尻の先端の部分だけちょっと上がっているようにも見えました。

 

お医者さんの話によると、染色体(ダウン症かどうか)の検査結果は生後約1ヶ月前後でわかるとのこと。

生まれたのが12月5日だったので、年始~年明け頃になるでしょうねとお話しを受けました。

 

妻は12月10日には無事退院し、自宅から病院まで少し距離があることもあり、数日に1回、会社の出勤を遅らせてもらって平日に会いに行ったり、土日の仕事休みで会いに行ったり。

長女を義母に預けてしょま君の面会に通う日々を過ごしました。

NICU・GCUは子どもの入室ができないためしょま君となかなか会わせてあげられず、長女には申し訳ない思いでした。

 

面会に病院へ訪れるたび、しょま君に会える嬉しさと同時に

お医者さんからの説明があるのはいつ?

染色体の検査結果が出るのはいつ?

と不安にも似た、もやもやとした気持ちで息子との時間を過ごしました。

 

また告知を受けるまでの間は、「ダウン症 告知 いつ」とググったり、ダウン症児を子に持つ親御さんのブログを読んだり。

もやもやとした不安の行き場をネット検索へ向ける日々でした。

ダウン症児の特徴が書かれたこんな記事を読み漁りました

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ダウン症の告知 -出産後1ヶ月のショック-

妻、長女、義父母と一緒にクリスマスのパーティーをしたイブの翌日のこと。

12月25日の仕事中に妻から連絡が。

「両親揃って今後の治療の説明とかしたいみたい。明日半休とれる?」

ダウン症かどうかが判明する染色体検査の結果は出産後1ヶ月前後で出るとの話だったので、ついにくるかなと内心考えていました。

 

出産前には何度かダウン症の可能性に関して妻と話をしていました。

ただ、出産後は外見的な部分で明らかな特徴がなく、ダウン症ではないのでは?との思い(願い?)もあり、妻とその可能性について時間をとって話すことがありませんでした。

 

しかし、いざその告知を今日受けるかもしれないと思うと、心の準備をしておく必要があるだろうと感じました。

12月26日。

病院まで車を走らせながら、

・ダウン症の告知を受けるかもしれないから心の準備はしておこうねという確認。

・ダウン症の発達面の特徴などについて調べたこと。

・もしダウン症であってもそうでなくても、しょま君はしょま君。愛する息子に変わりないよね。

そんなことを話した気がします。

 

そして病院に到着し、GCUに入室し、息子に面会し始めてまもなくドクターが来られ、「別室でお話ししてもいいですか?」と声をかけられました。

医師2名と臨床心理士さん1名 対 私たち夫婦。

 

まず始めに、近況や心疾患のこと。

治療や手術などの方針について手短に説明がありました。

 

その後、染色体検査の結果が出たことを告げられ、1枚の紙を渡されました。

「染色体検査 結果」とググったら出てくるような、2本ペアの線が20数個並んだものでした。

21番と書かれた部分の線が3本あり、21トリソミー(ダウン症)であることの説明を受けました。

 

ショックはありましたが、出産前から抱えていたもやもやと不安は、事実がはっきりわかったことで消えました。

と同時に、それまでとは違う未知への不安が生まれました。

・ダウン症児の発達の遅れの程度について

・育児や家庭生活のこと

・療育や学校のこと

・仕事や社会生活のこと

わからないことを挙げたらキリがありません。

未知への不安だらけです。

ただ、健常児である長女を育てていることも、未知との出会いばかりだったりします。

未知への不安は、知ることで解消していけるはず。

そんなことを冷静に考えているつもりでした。

 

告知を受けた翌日、朝目が覚めたときに「しょま君がダウン症だったということは、夢じゃなく現実だったんだなぁ」と時間差のショックがありました。

冷静に事実を受け止めたつもりでしたが、そんなショックを受けた自分に対して少しショックだったりもしました。

感情というのは、押し寄せては引いていく波のように正負それぞれの方向へ交互に向かうようです。

この波も、未知をひとつずつ知ることと時間の経過によっておさまっていくのか、それとも今後も色んな感情の波が押し寄せては引いていく時を経ていくのか…。
そんなことすら未知なまま、しばらくの生活を送っていくことになります。

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